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東京高等裁判所 昭和52年(行コ)35号 判決

控訴人(被告) 新潟鉄道郵便局長

訴訟代理人 根本真 布村重成 松剛敬八郎 外六名

被控訴人(原告) 春日勝司

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

一  申立て

控訴代理人は主文同旨の判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  主張

当事者の主張は左に付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一三丁表五行目「意」を「位」に改める。

2  同一九丁裏六行目「基準時間」の次に「一八四・六秒」を加える。

3  同二二丁裏一行目の次に改行して左のように加える。

「従つて標準作業速度に九パーセントの余裕があることは、は数整理の理由にすぎず、これをもつて、定員が、前記は数整理以前の所要人員に比し常に九パーセント多いとか、取扱郵便量に比して常に同一割合の余裕があるとかはいえない。特に定員の少い便では一名が勤務しない場合、取扱郵便物を完全に処理することは困難である。このことは残余の者が共助共援してもかわらない。何となれば使用者として労働者にかような共助共援を年休付与に伴う日常の作業基準として期待すべきではないし、又期待してもその実を挙げうるか否か不確実だからである。」

4  同二四丁裏六行目末尾に左のように加える。

「これに反し、定員を欠く場合でも未処理及びこれに準ずる一般事故の発生する蓋然性がある場合とない場合とがあり、前者の場合のみが、事業の正常な運営を妨げるとの要件に該当すると解するのは、狭きに失する。

現に新鉄局管内で昭和四四年中乗務定員を欠いての運行回数は数回にすぎないのに、そのうち四件について未処理が発生したのであるから、乗務定員を欠く場合未処理発生の蓋然性は高いのである。」

5  同二五丁表三行目の次に改行して左のように加える。

「この判断は時季変更権行使当時の事情を基礎としてなされるべきものであるから、その判断の適否の審査に当たつては、時季変更権行使後に生じた事由、たとえば、本件「直秋下り便」及び「同上り便」に未処理が発生しなかつたとか、昭和四八、四九年当時乗務定員を欠いての運行便数が増加したが、未処理発生件数は従前より増加していなかつた等とかの事由を考慮すべきではない。」

6  同二八丁表九行目末尾に左のように加える。

「なお共助共援は、定員の少い便ほど担当作業が細分化されていないので、容易である。」

7  同二八丁表一二行目末尾に左のように加える。

「昭和四四年当時定員を欠いて運行した便はかなりあつて、そのうちには未処理が発生しなかつた便も多い。

時季変更権の行使の当否の判断にあたり事後の事情を考慮することは差支ない。即ち昭和四八年頃の郵便物取扱量は昭和四四年頃に比し増加したから、欠務による未処理発生の蓋然性は一般的に高まつている筈であるのに、欠務が増えても未処理が従前より増加していないことは、昭和四四年当時は欠務があつても未処理発生の蓋然性がないと判断されるからである。」

8  同三七丁表一二行目「適」を「摘」に改める。

9  同三九丁裏一三行目「要員としては」を「要因としては」に改める。

10  同四〇丁表八行目「新潟鉄道局」を「新鉄局」に改める。

理由

一  当裁判所は、被控訴人の請求を理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、左のとおり付加訂正するほかは原判決理由説示四二丁表八行目から同六二丁表六行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。

1  同四三丁表二行目および同三行目「円山富男」の次に各「(原審)」を加える。

2  同四行目「はほぼこれ」を削る。

3  同四五丁表二行目「円山富男」「長潟次夫」の次に各「(原審)」を加える。

4  同三行目「争いない事実」の次に「と弁論の全趣旨と」を加える。

5  同五一丁表三行目「そして」の次に「成立に争いのない乙第二六号証の一、二、」を加え、「石田甚一」の次に「(原審および当審)」を加える。

6  同五二丁表末行「小林昭夫」の次に「、円山富男(当審)」を加え、「証言」の次に「および弁論の全趣旨」を加える。

7  同裏一行目「はほぼこれ」を削り、「できる」の次に「(本件「直秋便」の要員配置は争いがない。)」を加える。

8  同一〇行目「円山富男」の次に「(原審)」を、「証言」の次に「、前記(六)の事実」を各加える。

9  同五三丁表七行目、同五四丁表八行目、同裏七行目の各「円山富男」および同表九行目「長潟次夫」の次に各「(原審)」を加える。

10  同五五丁裏一行目の末尾に「および前前年度」を加える。

11  同五六丁表一一行目「ところが」から同裏一〇行目までを削る。

12  同一一行目「円山富男」の次に「(原審)」を加える。

13  同末行から同六〇丁表一行目までを削り、行をかえて「(九)本件「直秋下り便」および「同上り便」の郵便業務の遂行状況等」を加える。

14  同七行目「(二)」の次に「(3)」を加える。

15  同裏五行目「円山富男」の次に「(原審)」を加える。

16  同六一丁裏一行目「一、二、」の次に「証人円山富男の証言(当審)により成立を認め得る乙第三二号証、」を、「円山富男」の次に「(原審および当審)」を各加える。

17  同二行目「長潟次夫」の次に「(原審)」を加える。

18  同六二丁表三行目「御見舞状」の次に「、中元用小包」を加える。

19  同六行目の次に行をかえて左のように加える。

「弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第二四号証の一、同二及び三の各一、二、同四、同五の一ないし三、証人円山富男(原審及び当審)、長潟次夫(原審)の証言によれば、新鉄局所掌路線の各便中、当時定員を欠いて運行されたものが若干あつたが、そのうち少くとも四便(「直秋上り便」を含む。)について「未処理」が発生していたことが認められる。

本件「直秋上り便」の村上新潟間で補助員一名が配置人員以外に乗務したとの事実につき、証人横堀一義の証言は乙第二七ないし第二九号証、第三〇号証の一、二、証人円山富男(当審)の証言にかんがみ採用できず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。

本件「直秋下り便」は七月二七日が月曜日であるため、取扱郵便物の数量がとくに少いとの点につき、乙第二八号証、証人長潟次夫(原審)の証言は、証人石田甚一(原審)の証言に照らし採用し難く、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。

成立に争いのない乙第二八号証、証人円山富男(原審)、横堀一義の証言によれば、本件「直秋下り便」「同上り便」ともに被控訴人欠乗にもかかわらず、「未処理」および「一般事故」が発生した旨の報告がなかつたことが明らかである。

(一〇) 労基法三九条三項但書所定事由の存在

以上認定の事実に基づき考察する。

被控訴人が七月二七日の勤務を欠くと、同月二七日の「直秋下り便」は、前記のような根拠により算出された定員を一名欠いて二名で、二八日の「同上り便」は、同じく定員を一名欠いて三名で、各運行せざるを得ないので、一般的にはそれだけで「未処理」又は「一般事故」が発生するおそれがあるといえる。

ところで、乗務員は定員を欠いて運行される場合には、未処理の発生を防止すべく、定員を欠かない場合よりもよく共助共援し作業能率の向上に努力するものとの前提に立つて、控訴人が、年休付与により定員を欠く便が生ずるときでも、敢て年休を付与することは、その立場上困難である。即ち新鉄局は定員算出に当たり、標準作業速度を九パーセント高めても無理はないとしては数整理を行つているところ、定員三、四名の便が一名を欠いて運行されれば、乗務した者は、取扱郵便物の数量が、右定員算出の前提となつた数量よりも著しく少い等の特別の事情のない限り、標準作業速度を九パーセント以上高めなければ、所要の作業を完了できない筋合であつて、控訴人が乗務員にかような能率を期待することは相当でないからである。

本件「直秋下り便」「同上り便」とも、被控訴人の欠乗にもかかわらず、「未処理」および「一般事故」発生の報告はなかつたのであるから、真にかような事故がなかつたとすれば、本件年休付与が事業の正常な運営を妨げる旨の控訴人の事前の判断は、生じた結果と異るといわざるを得ない。しかし右事前の判断の当否の事後審査に当つては、右判断当時の客観的情況に照らして合理的に予測される事実に準拠すべきものであつて、事後に発生した結果に基づくべきものではない。

このような見地からすれば、昭和四八年ころ以降年休付与等により欠員のまま運行される便が、従前より増加したにもかかわらず、「未処理」が従前よりも増加しておらず、又乗務員から欠乗による多忙等の苦情が出されていないとの事実があつたとしても、本件当時である昭和四四年と昭和四八年以降との、従業員の年齢構成、健康状態、労働環境、作業能率、労使関係、職場秩序、当該便の定員、取り扱われる郵便物の数量と構成等について詳細に比較検討しうるような資料が十分でない本件において、昭和四八年以降の状況を基礎として、本件の前記二便について事業の正常な運営を妨げる旨の判断の当否を論ずることは適当ではない。

このようにして、本件年休付与により、本件「直秋下り便」および「同上り便」は各定員一名を欠いて運行される結果、取扱郵便物の「未処理」又は「一般事故」の発生を見る可能性があり、これを否定するに足りるような特別事情は認められないのみならず、本件当時は年末年始につぐいわゆる夏期繁忙期に当り、本件「直秋上り便」は前記のように繁忙便であつて、当時一名のみ欠乗した便でも「未処理」の発生を見た場合が多かつたことに鑑みると、右可能性はますます増大するというべきである。前記(二)ないし(五)の事実によれば、右「未処理」等発生の結果、その事後処理のため、職員は多大の労力を費し、取扱郵便物の遅配を招くことが明らかであつて、郵便事業の使命に照らせば、かような事態は事業の正常な運営とは到底いえない。従つて本件年休付与につき労基法三九条三項但書所定の事由が存在するといわざるを得ない。

(一一) 被控訴人の主張について

被控訴人は、「本件当時新鉄局では予備員の配置が適正を欠いたため、乗務員は希望日に年休をとり難い情況であつた。」と主張する。

証人五十嵐國晴の証言により成立を認め得る乙第一六、一七号証、証人円山富男(原審)、渡辺政男、長潟次夫(原審)、五十嵐國晴の証言、前記(八)で認定した事実によれば、新鉄局では前記(八)(2)のように年休取得者のための予備員が配置された結果、昭和四四年当時、各乗務員は年間平均年休二〇日以上を付与されていたが、年休希望者の多い時期に、希望日どおり年休を取得しようとすれば、かなり早目に年休を請求しなければならないような情況であつたことが認められる。

このような事情のもとでは控訴人のした本件時季変更権の行使が権利の濫用になり、効力を生じないとまでは断定できない。

次に被控訴人は、「本件当時控訴人は年休付与に当たり、年休請求の理由により差別的取扱いをしていた。」と主張する。

しかし、労働者から年休請求が競合し、使用者がそのいずれもの一部について適法に時季変更権を行使し得る場合、いずれの請求について右権利を行使するかは、労働協約等に格別の定めのない場合、違法な差別的取扱い又は権利の濫用にわたらない限り、使用者の裁量に属すると解されるところ、本件においてかような事由があると認めるに足りる証拠はない。

よつて被控訴人の主張はいずれも採用しない。

(一二) 結論

以上説明のとおり、控訴人のした時季変更権の行使は適法であるから、被控訴人は前記勤務指定に基づき本件「直秋下り便」「同上り便」に乗務すべきところ、これを怠り欠乗したというべきである。被控訴人の右行為は国公法九八条一項、一〇一条一項一段に違反し、同法八二条一、二号所定の懲戒事由に該当するから、控訴人が同条所定の処分のうち戒告を選択したことにつき、裁量権の逸脱およびその濫用があるとは認められない以上、本件懲戒処分は適法であつて、被控訴人のその取消請求は理由がなく棄却すべきである。」

三  よつてこれと異る原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鰍沢健三 沖野威 佐藤邦夫)

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